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東京高等裁判所 平成5年(ネ)1296号 判決

平成五年(ネ)第一二九六号事件控訴人・同第一三二八号事件被控訴人

株式会社産業経済新聞社(以下「第一審被告」という。)

右代表者代表取締役

羽佐間重彰

右訴訟代理人弁護士

梶谷玄

梶谷剛

岡正晶

渡辺昭典

大川康平

武田裕二

川添丈

岡伸浩

平成五年(ネ)第一二九六号事件被控訴人・同第一三二八号事件控訴人

三浦和義(以下「第一審原告」という。)

主文

一  第一審原告の控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

1  第一審被告は第一審原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和六一年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  第一審原告のその余の請求を棄却する。

二  第一審被告の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを六分し、その一を第一審被告の、その余を第一審原告の負担とする。

四  この判決は、第一項1に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一第一審原告

1  原判決を次のとおり変更する。

第一審被告は第一審原告に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(なお、第一審原告は当審において請求を右金額に減縮した。)

2  訴訟費用は第一、二審ともに第一審被告の負担とする。

3  第一審被告の控訴を棄却する。

二第一審被告

1  原判決中、第一審被告敗訴の部分を取り消す。

2  第一審原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審ともに第一審原告の負担とする。

4  第一審原告の控訴を棄却する。

第二事案の概要

本件事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一原判決三枚目表一行目末尾の次に行を改めて以下のとおり加える。

「 なお、本件記事が掲載される以前に第一審原告が麻薬に関与していたことを報じる新聞記事があったとしても、報道内容が異なる上、本件記事の読者が右記事を読んでいたとは限らないのであるから、既報記事の存在により本件記事の掲載に基づいて第一審原告の社会的評価がより一層低下したことを否定することはできない。」

二同四枚目表四行目末尾の次に行を改めて以下のとおり加える。

「 また、昭和六〇年九月二七日付けの報知新聞には『つきまとう麻薬の影』とのタイトルの下に、第一審原告の二番目の妻が『冷蔵庫に大麻を隠し持っていた』と語ったり、『三浦に麻薬を渡した』という暴力団員がいたりと、麻薬に関するうわさが絶えない旨を報ずる記事が掲載され、更に、同月一八日付けのサンケイスポーツには『自宅に大麻』とのタイトルの下に、二番目の妻が第一審原告の大麻所持(自宅冷蔵庫内)を目撃したとか、矢沢美智子が大麻パーティで知り合ったと自白しているとか、第一審原告の取引関係者が警視庁から麻薬の件で事情聴取を受けているというようなことを報ずる記事が掲載されたほか、これと同内容の記事が同日付けの他のスポーツ新聞にも掲載されており、これらにより一般読者は本件記事が掲載される以前において既に第一審原告と麻薬の関係についての情報に接しており、第一審原告に対する社会的評価はそれを前提にして形成されていたのであるから、本件記事により第一審原告の社会的評価が更に低下したということはできない。」

三同五枚目裏三行目の「五〇〇万円」を「二〇〇万円」に改め、同六枚目表一行目末尾の次に「しかも、ここで問題となる社会的評価は全人格に対するものであるから、名誉毀損による社会的評価の低下の程度、したがって、これに基づく損害賠償としての慰謝料額には、自ずから総量としての限界が存在するというべきである。」を、同裏三行目末尾の次に「また、個々の名誉毀損行為による損害を個別的に算定してこれを積み上げていくと、全人格的な総量に基づく限界を超えることになる。」をそれぞれ加える。

第三当裁判所の判断

一当裁判所は、第一審原告の第一審被告に対する請求は損害賠償金三〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので、右部分を認容し、その余は失当として棄却すべきであると判断する。

その理由は、次のとおり付加するほか、原判決が「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」欄において説示する理由と同一であるから、ここにこれを引用する。

1  原判決一二枚目裏一行目から同九行目までの括弧内の全文を「なお、確かに第一審被告の主張するように、本件記事が掲載される約五か月前に発行された昭和六〇年九月二七日付けの報知新聞及び同月一八日付けのサンケイスポーツに第一審原告の大麻所持及び使用並びに麻薬への関与に関する記事(以下「既報記事」という。)が掲載されているけれども(第一審原告も右記事の存在自体は明らかに争わない。ただし、その余の各新聞への掲載については、これを認めるに足りる証拠はない。)、他方、既報記事の内容と本件記事のそれとを比較対照してみれば、本件記事の方が詳細であることはいうまでもなく、しかも既報記事においては、大麻と麻薬とを截然と区別しているのか疑問であるのに対し、本件記事においては、両者を明瞭に区別した上、規制態様の相違についてまで言及しているばかりでなく、麻薬との関わりについても、既報記事においては、第一審原告に麻薬を渡したという暴力団員がいるなど、麻薬に関する噂が絶えない旨(報知新聞)、あるいは、第一審原告の取引関係者が警視庁から麻薬の件で事情聴取を受けている旨(サンケイスポーツ)を報ずるのみで具体性を欠くのに対し、本件記事においては、ヘロイン密輸入の情報等について具体的に記載しているのであって、両者の報道内容にはかなりの相違がみられる。そして、これに、既報記事と本件記事の読者が同一であるとは限らないこと、報道時期にやや隔たりがあることなどの諸点を併せ考慮すれば、既報記事が存在するからといって第一審原告の社会的評価が更に低下する余地がないほど下落していたとは到底いうことができない。もとより既報記事に接した読者等に第一審原告が大麻について薬物嗜癖を有するとの評価が形成されたと推認するに難くはないが、本件記事による名誉毀損の中心をなすのは、大麻と区別された旧麻薬取締法(当時施行)による規制の対象となる狭義の麻薬への関与にまつわる第一審原告に対する社会的評価であるから、既報記事の存在を重視するのは相当でないというべきである。」に改める。

2  同一六枚目表七行目から八行目にかけての「極く小さいものであり」を「さほど大きいものということはできないが、他方、第一審原告が麻薬取引に関与していたとの記事により一般読者が受ける印象及びこれに基づいて形成される消極的な社会的評価が大麻使用にとどまる場合に形成されるそれに比してより重大であることをも考慮すれば」に、同九行目の「二〇万円」を「三〇万円」にそれぞれ改める。

3  同一七枚目裏七行目末尾の次に行を改めて以下のとおり加える。

「 この点に関連して第一審被告は、個々の名誉毀損行為による損害を個別的に算定してこれを積み上げていくと、全人格的な総量に基づく限界を超えることになる旨主張する。

しかしながら、人格そのものは一個であるとしても、社会的評価を形成する基礎となる人間の社会的活動は多面的であり、したがって、これに対する評価もまた、時及び場所を異にすると別個のものが形成され、あるいは、変化する余地があると考えられる。そうすると、第一審原告のいうように全人格的な総量なるものを措定すると、本来多面的かつ流動的なものである社会的評価を固定してとらえることになり相当でないというべきである。

二以上によると、第一審原告の第一審被告に対する請求は、金三〇万円及びこれに対する昭和六一年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるので右部分を認容すべきところ、これと異なり金二〇万円及びこれに対する前同日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度において認容した原割決は一部不当であるから、第一審原告の控訴に基づいて主文第一項のとおり変更することとし、第一審被告の控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官丹宗朝子 裁判官新村正人 裁判官齋藤隆)

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